古典語(古語)と現代語
春の季節が進んでゆきます。朝夕は肌寒い日があります。今朝の6時40分の庭の温度計は
15℃を示しています。夜明けが早くなり、春を近く感じます。
突然ですが「我、禰(ね)ぎまつる。」という言葉の意味がおわかりでしょうか。
ある方は「(野菜の)葱を祭るのですか。」と言われました。そのお気持ちわかります。
古典語(古語)で書かれているので、間違えますね。
正しい意味は「私は(神さまに)お願いします。」ということになります。
私が高校生の時、今から48年くらい前になりますが、高校の古典の先生から
言われたことがあります。「古典語は外国語と思って学びましょう。古典語と現代語は、
英語と日本語くらい違いますからね。」なるほどと思います。
「命あれば、今年の秋も月を見る。」というような文章だった記憶があります。
「生きていたら、今年の秋も月を見ることができる。」と解釈できますね。
ところが「命あれば」は「生きていたので」という意味が正しいのです。
「生きていたら」という仮定の意味なら「命あらば」にする必要があるのです。
解釈を一つ間違えると全く違う意味になりますね。
古典語は味わいがありますが、若い方々には難しいのかもしれません。
古い歌に古典語が使われているものが多いです。意味がわかれば古典語はおもしろいです。
ちょっと触れてみませんか。
お読みいただき、ありがとうございます。春を楽しみましょう。
2026年4月16日
