ライシャワー博士と学校の先輩
おはようございます。すっかり春になりました。6時40分に庭の温度計を見ると
12℃です。日中は気温が25℃まで上がる予報になっています。
ライシャワー博士をご存じでしょうか。1910年10月15日に日本でお生まれ。
1961年から1966年まで駐日大使を務められたアメリカの方です。
私はライシャワー博士の最期が美しいと感じている一人です。
1990年9月1日に延命治療を拒否、79歳の生涯を閉じられました。
「日本とアメリカの架け橋になりたい。」の遺言で、遺体は家族の立会いなしで
火葬にされ、遺灰は太平洋に散骨されました。
私たち凡人は、この高い理想に何かを学ぶことができると感じています。
私の学校の先輩の夫人にも同じような人がおりました。淡路島に住んでいました。
当時は橋がなく、船で渡るしか方法がありませんでした。夫人は病が重く、神戸の
病院に入院。その時に「私が亡くなった時は、家族に負担をかけたくない。
家族に連絡しないで火葬にすること。火葬が済んでから主治医の先生から
家族に連絡すること。」家族は快諾したそうです。そしてそのことが実行されました。
ライシャワー博士と同じくらい素晴らしいと感じています。
お読みいただき、ありがとうございます。春を楽しみましょう。
2026年4月6日
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